新しい年になり、七草の日が過ぎた頃、義父母が2人揃って不意にこの家に立ち寄ってきました。
義父は手に1枚の紙を握りしめています。
大手ハウスメーカーの「新築建て替えキャンペーン」のチラシでした。
昨年秋ごろに義母が体調を崩し病気が発覚します。寝たきりとか介護が必要という状態ではありませんでしたが、老夫婦2人だけの生活が不安になったのかも知れません。といっても息子家族、娘家族がすぐ近くに住んでいます。いざと言うときにはすぐ飛んでいける距離でした。
義父が改まった面持ちで話し始めます。
「〇〇(義母)が大切にしていた思い出のこの家で余生を過ごさせてあげたいんだ。頼む!ここを2世帯住宅に建替えて欲しい。上と下で別世帯にしてあなた達には迷惑かけないから〇〇(義母)のために、頼む!」
隣でそれを聞いている義母は誰のことを言ってるのかしら?くらいの遠くを見つめる眼差しで、どこか他人事のような顔つきで話を聞いていました。
1年少し前に引越してきたばかりで、やっと荷物も片付いたところです。建替えとなると荷物をまとめてまた1度仮住まいに移るということになります。考えるだけでうんざりしました。
この家が自分の家ならはっきりお断りできますが、義父母の名義の家なので反対できるはずがありません。しかし夫はもはや私と生涯を共にする気がないのにどんな反応をするのでしょう。驚くことに了承したのです。とんとんと建替えの話が進んでいき、2世帯住宅の今後の住まいづくりのために住宅展示場へも足を運びます。測量業者が家の回りの測定にもやって来ました。
2世帯住宅を承諾したということは、夫の昨年の離婚の意志は思い留まったのかと勘違いしてしまいました。しかし驚くような言葉が口をついて出てきます。
「俺はいずれ出ていく。貴女はここに住んでいればいい。もし親父とお袋が死んだら俺は女とその部屋に住む。3人で暮せばいい」正気なのかと呆れて言葉は出てきませんが、涙が止まりませんでした。
そんな時、一本の電話が鳴りました。義理の妹からの電話です。
「父と母が2世帯にして同居するって言ってるけど、お姉さんの気持ちはどうなの?」救世主に思えてきて、今まで溜め込んでいた夫の事実をつい打ち明けてしまいました。
「そんな状態で同居なんてしてはだめ!中止にしたほうがいい」そう言ってくれる義妹に、良き理解者がそばに居てくれて良かったと安易な気持ちを抱いてしまうのです。
義父に話すと同時に2世帯住宅の話はなくなりました。夫の不貞を息子や親族に知られ、自分でなんとか解決~修復の術も気力もなくなり意を決して夫に告げました。
「子供たちが20歳を過ぎたらではなく今すぐに離婚してもいい」と言った瞬間、夫は激怒し物を投げつけます。
自分は数年後に離婚という提案だったのに今すぐという意に反した私の態度に激怒したのです。
どうやら、妻と離婚して若い女性と再婚し、その後も元妻と子供たちとも上手くやっているという友人の姿を理想としていたようです。
私が素直にそんな勝手な理想を受け止めるとでも思ったのでしょうか。その激怒の翌日、夫は滅多に行くこともなかった私の実家の母に離婚の報告をしに行きます。夫婦の問題なのに私が義父母に話したことに腹を立てたのでしょう。実際この2世帯住宅の話が出なかったらずるずると仮面夫婦を演じていたかも知れません。
この地に引越してきてから次から次へと心配事が起こり、今度は何が起こるのか予測するのも怖い日々を過ごしていましたが、義母に異変が起こります。