当初の夫の望み通りに私は離婚を決断したわけですが、その後の話し合いは2人だけではスムーズにいきません。
夫婦の喧嘩やトラブルの原因はどちらか片方が悪いということはありません。そこはお互いに反省・理解・譲歩しながら改善していくものだと思います。そこの部分を飛び越えて、一方的に夫の理想の円満離婚がシナリオされていたわけですから、私としてはせめて離婚後の生活の安定を保障してもらいたい思いでした。
そこで一番問題になるのが、住居の問題です。
義父と、仲裁役の義理の妹も交えての家族会議が始まりました。
「女とは別れない」の夫の第一声に
「ここから出ていけ!二度とこの家の敷居はまたぐな!」と義父の罵声が飛びます。
「わかった出ていく」
ものの数分で会議は終わってしまいました。
肝心な部分を話そうとする私に向かって
「だまれっ!」と感情的に怒りが頂点に達している夫に対して、結局私は何も発言できずに終わってしまいました。
そしてその直後の義父の言葉にまたも驚愕します。
「この家を〇〇(夫)とその女に乗っ取られないように俺がこの家に住む!」
義妹は、自分の娘たちと上手くいってなかった義父が出ていってくれることにほっとしたのでしょう。淡々と、夫にいつ出ていくのか質問していました。
ここは義父の名義とはいえ、わざわざ呼ばれて移り住み、息子2人の実家でもあります。ここで私が義父の申し出を断ったら、私は必然的にここから出ていかなくてはなりません。一瞬にして家族崩壊です。というか私は住む場所さえも失ってしまいます。
当時我が家は貯金をくずしながら生活している状況でしたので、夫に対して慰謝料や生活費の請求などできる状態ではありませんでした。
夫が本気で離婚を考えたのは、この家に引越してきてからです。目の前の義父の財産で私への保障ができると見込んだのでしょう。
どうにもならないことですが、せっかくのマイホームを手放したことへの後悔がグルグル頭から離れません。どうしてこうなってしまったのか、自分を責めることもたびたびあり、精神的にどうにかなりそうでした。
夫のみならずも、この義父の思考は、瞬間の感情で発言、行動する性分だというのがあとになってからわかります。私の常識では到底理解できないことでした。
そして、この家の居間のリフォームが始まります。私達のリビングボード・テーブル・椅子・テレビ等々すべて隣の6畳間に追いやられました。
冬の間のリフォーム期間中は、この家の1階部分は外に居るような寒さでした。精神的にも凍りつき一段と寒さが身にこたえた冬でした。
リフォームが終わって、すっかり新築のようになった庭に面した居間に、ベッド・応接ソファー・テーブルを新調し、義父はご機嫌にこの家に移り住んできました。
「年頃の若い孫娘たちと暮らすより、男の孫たちと暮らす方が上手くいくだろう。今回の件は渡りに船だった」
義父にとってはなんともいいタイミングで夫が出て行ってくれて、孫娘たちへの気遣いから開放されたということだったのです。
夫婦の問題がいつのまにか義父と夫、義理の妹、孫娘との問題にすり替わっていました。
出ていくことが決まった後の1ヶ月、理想の円満離婚に応じなかった私に対する怒りだったのかはわかりませんが 夫は精神的に不安定だったように思います。
アルコールで酔った夫は私のそばに近づき、「こうして俺を殺してくれ」といいながら私の首に手をかけます。抵抗したらその手に力が入るのではという恐怖から微動だにせず、その手が私の首から離れるのをじっと待ちました。
またある時は、知人との飲み会で立てなくなるほど酔った夫が救急車で都心の病院に運ばれ、病院から連絡が入り真夜中に車で迎えに行ったこともありました。奇しくもその病院は、かつて私の父と弟が入院し、最後は死に至った経緯のある病院でした。
さらに、私が実家の母の看病のために留守にしていた晩のことです。家で堂々と女に電話している夫と、それを非難した息子が口論からトラブルになり、夫は息子を「傷害罪で訴える」とまで言い出したのです。
私が一番危惧していたことですが、父親と息子たちの関係も怪しくなっていくことになります。
酔っていない時はこのようなことはないのですが、アルコールというのは人間の本性を表すのか、人格が一変してまう場面が何度もありました。
予定通り夫は自分の荷物や家具を全部持ってこの家から出ていきました。
こうなった以上、この家族から夫が籍を抜いて出ていっただけで、ここにいる家族は今まで通りに過ごしていこうと気持ちを切り替えます。私がこの家を守っていくという覚悟のような感じでした。
そして、義父と同居となってしまったこの状況で離婚届を出すことはできないため、この先のことを順序立てて考えなければと気持ちを落ち着かせます。
こうして義父との同居が始まります。生活費をいただいていたので、食事や洗濯などのお世話が家政婦のように始まりました。